テクノロジー・イノベーション

VRのブレイクスルー:その時はいつ訪れるか?

Intel Japan Writer

わずか数十年の間に、SFの世界の産物だったバーチャル・リアリティ(VR)は、リアルな生活の一部となりました。今後VRがさらに普及するためには、何が必要なのか。専門家が解説します。

青く澄み渡る海の中、ダイバーが沈没船の船首を調べています。深みからアカエイがゆらりと近づき、ダイバーの顔を覗きこみます。しばらくすると体長25メートルを超えようかというクジラも近くを通り、緊張が走ります。しかし茶色い大きな瞳と目が合うと、好奇心が抑えきれず、ダイバーはヒレに触れようと思わず手を伸ばしてしまうのです。

でもダイバーが触れたのはクジラのヒレではなく、見慣れたオフィスの間仕切りでした。このダイビング体験にはライセンスもウェットスーツもいりません。必要なのはバーチャル・リアリティヘッドセットとパソコン、それに1000円で買えるtheBluというソフトだけです。

VR技術は、現実を仮想世界へ変えてしまう可能性を秘めています。クジラとのふれあいはその一例にすぎません。

「VRによって作り上げられたイメージは感覚に働きかけ、人は今いったいどこにいるのかを忘れてしまう。あたかも全く違う場所にいるように感じるのです」。インテルのバーチャル・リアリティ・センター・オブ・エクセレンス(Virtual Reality Center of Excellence)のディレクター、キム・パリスターはそう語ります。

オレゴン州ヒルズボロにあるVRプロジェクト研究所を率いるパリスターとそのチームは、VRを広く一般に普及させるべく、日々研究を続けています。近年ハードウェアはますます進化し、コンピューティング・パワーも大幅に向上。その結果、高精度のVR体験をプロデュースすることが可能になり、いよいよVRが本格的にブレイクする兆しが見えてきました。VRとAR(拡張現実)が融合し、デジタル体験を現実としてリアルタイムに体感できる“融合現実”(MR)。その可能性は広がるばかりです。(「仮想現実(VR)はどのように融合現実(MR)となるのか」を参照)

VRの今昔

VRヘッドセット、ヘッドマウントディスプレイ(HMD)は、どんどん高品質かつ安価になってきています。パリスターは1990年代に、HMDを普及させようと情熱を燃やしていました。

しかし当時はコストがかかり過ぎた上、グラフィックもお粗末なものでした。とても一般化は難しいレベルだった、とパリスター自身、率直に語っています。しかしその後、プロセッサーの性能は各段に向上。ディスプレイの小型化と低価格化も進み、状況は一変しています。

「『安価で高品質なVRはスマートフォン市場での熾烈な競争の賜物』というのがOculus社主任サイエンティストのマイク・アブラッシュ氏の見解です」とパリスター。小型で高機能なスマートフォンが一般の消費者層に広まったおかげで、高精度ディスプレイやセンサーの開発が進み、価格が抑えられる結果につながりました。そして、そのパーツがVRに応用されているのです。

本格的な没入型VR体験を演出するには、高性能のハードウェアとソフトウェアは必要不可欠です。その開発は、ここ20年ほどで劇的に進歩しました。初期のコンピューター・ゲームでは、たとえば「灯りをつける」とテキストで入力すると、「探検中の迷路に明かりが灯された」とスクリーンにテキストで表示されました。つまりゲームの世界はテキストを基に、プレーヤーの想像の中で作られていたのです。

こういった人間とコンピューターの初歩的なやり取りは、現在のインタラクティブなシステムの基礎になっています。ただし、もうテキストを打ち込む必要はありません。今日の3Dゲームのグラフィックは極めてリアルに進化していて、プレーヤーは以前よりずっと自由に、思うがままにゲームを楽しむことができるのです。

Star Trek: Bridge Crew (2017年5月発売予定) のワンシーン。ゲームのグラフィックはかつてないレベルまでリアルに進化している。

本格的な普及はいつになるか?

VRが一般的に普及するためにはまだ障害も少なくありません。

GoogleやSamsungといった企業は、携帯電話の画面を活用して、より低コストにVR を実現するための技術を開発しています。Google Cardboardは約2000円、SamsungのGear VRは1万円ほどで販売されています。

低コストな段ボール製ヘッドセットが登場し、スマートフォンを使って手軽にVR体験を楽しめるようになった。

手の届きやすいVR体験によって消費者の負担は減るでしょう。しかしモバイルによる低品質なVR体験が、本来あるべきVRの普及の妨げになるという見方もあります。本格的な没入型VRには、高品質なヘッドセットと処理能力の高いコンピューターが欠かせないからです。

問題はコストだけではありません。VRヘッドセットは見た目がいいとはいえず、装着も面倒です。パソコンにも接続しなければいけません。どんなVRの愛好家だとしても、長時間連続で身に着けるには快適とはいいがたいのが現実です。加えて体験するVRのタイプによっては、セットアップに時間がかかったり、専門知識が必要となる場合もあります。

VRが普及するためには、私たちが心理学的にその存在を受け入れることが大前提であるという事実も忘れてはなりません。インターネットが普及し始めた頃、恐れや抵抗感を感じた人は少なくありませんでした。同様に、VRが人間に悪い影響を及ぼす可能性を指摘する心理学者もいます。

マサチューセッツ工科大学(MIT) 教授であり、「テクノロジーと自我のイニシアチブ( Initiative on Technology and Self)」プログラムの創設者でありディレクターのシェリー・タークル教授は、ニューヨーク・タイムズ紙に「現実とは壊れやすく、複雑なものである」と寄稿しています。

「現実世界は私たちの頭を悩ませる問題ばかりです。それらの問題に取り組むためには、まずしっかりと向き合い、本質を見極めることが大事です。しかしレンズを通して世界を見るという行為は、油断すると現実逃避の第一歩となりうるのです。たとえそのレンズが曇っていなかったとしても」

このように、VR体験が人間の心理に及ぼす影響について、懸念の声があがっているのは事実です。しかしパリスターはVRがすでに教育、リテール、建築、医療の分野で成果を上げていることを指摘しています。

アメリカの学校ではGoogle Cardboardを使った仮想世界が授業に取り入れられています。たとえばテキストを読むかわりに、3Dで実物大に複製されたピラミッドの中を探検しながら、それがいかに優れた建築物だったかを体感することができるのです。

VRを使えば、現実には存在しない環境もシミュレート可能です。建築家や設計者は、実際に建設に取りかかる前に現場の状況や規模感を把握することができます。

イケアはそのコンセプトを顧客のショッピング・エクスペリエンスの向上に活かしています。キッチンやリビングの3 D仮想スペースに製品を置いて、実際に配置した時のイメージを掴みやすくするサービスを展開しているのです。それによって、購入を検討しているイケアの家具が部屋のサイズに合っているか、色や雰囲気がマッチするかなどを、事前に判断することができます。

医療の分野でもバーチャル・リアリティの技術が活用されています。3Dでモデル化された模型を使えば、手術のシミュレーションすら可能なのです。こういった医療VRにより、手の込んだプロセスに伴うコストとリスクは軽減しています。

今後の展開

パリスターのチームの目標は、コストを抑えながらVR体験を向上させ、より多くの消費者に浸透させることです。そのために既存の軽量ヘッドセット「Deepoon」などで実験を重ねつつ、高品質なワイヤレスヘッドセットの開発に取り組んでいます。Wi-Fiという制約がある限り、グラフィックの性能はどうしても劣ります。そこで最高速度がWi-Fiの2倍となるWiGigのような高速無線技術を取り入れ、グラフィックのクオリティを向上させようとしています。

VRが一般に普及するためには、処理能力を最小限に抑え、高度なVR体験を実現するというアプローチも必要です。パリスターのチームは現在パソコンで行っている重い処理の一部を、ヘッドマウントディスプレイ内の仮想ディスプレイユニットで代替できないか研究中です。もし実現すれば、より一般的なパソコンで臨場感あふれるVR体験が可能になるでしょう。

「現在実用化されているものや、今後開発が期待されるインテルのテクノロジーによって、VR体験は各段にレベルアップするはずです」とパリスターは語ります。たとえば、インテル® RealSense™ テクノロジーの優れたセンサー能力は、さまざまな用途に使われていくでしょう。

「VRは決して一過性のトレンドではありません。もし5年後に振り返ったら、現在のVRなどお遊びでしょうね。10年後には、私たちが想像できないくらい進化していることでしょう」

 

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