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携帯電話のデータが伝染病拡大を阻止

Julian Smith Writer

キャロライン・バッキー氏は、携帯電話のデータを活用して世界中の命に関わる病気の拡散を追跡、予測しています。彼女の新しい予測モデルは、行政当局が感染対策の強化地域を特定するのに役立っています。

現在、米国内では西ナイルウイルス (蚊を媒介とする感染症の病原ウイルス) の感染が心配されています。アメリカ疾病管理予防センター (CDC) によると、全世界のマラリア事例の発生件数は、 1 億 9,800 万件 (2013 年のマラリア感染者数は 50 万人)。これは、アフリカ地域を中心に進行している大きな問題であり、この病原ウイルスの予防に取り組んでいる組織は CDC だけではありません。

ハーバード大学の伝染病学者キャロライン・バッキー氏は、2000 年中ごろにケニアでマラリアの遺伝学を研究していました。また、当時の夫であるネイサン・イーグル氏は通信会社で携帯電話のデータ分析を担当していました。ふたりは、それぞれのスキルを組み合わせることで、寄生虫の拡散を追跡できることに気づきました。

それは、携帯電話のデータを使って、伝染病が未感染地域に持ち込まれるのを防ごうというアイデアでした。

「さまざまな地域における医療介入の優先度を判断することは、伝染病学者としての役目の 1 つです。携帯電話のデータを使えば、人々の移動を時系列で追跡して全員の行動範囲をマッピングし、数学モデルを駆使して病気の拡散を予測できます。これこそが伝染学の未来の姿です」とバッキー氏は語ります。

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伝染病の流行時に欠かせないのが、一般市民の移動パターンに関する情報です。伝染病学者は、感染の進行状況を追跡し、次の感染地域を予測。さらに、感染の発生時に人々がどのように移動していくかについても把握できます。行政当局は、その情報に基づいて、感染対策のためのリソースを集中すべき地域を特定し、必要に応じて移動を制限したり、一連の活動の成果を判断することも可能になります。

これまで、伝染病学者と衛生管理職員は、人々の移動方法を把握するために、聞き取り調査、アンケート、論理モデルなどの原始的な手法に頼らざるを得ませんでした。しかし、こうした手法では信頼性の低い寄せ集めのデータしか得られず、特に未開発地域の感染対策は困難を極めます。

これに対し、携帯電話の現在地データは極めて正確です。人々がどこから来てどこに行くのかを把握し、さらに誰と接触しているのかという情報まで得られます。何よりも、即時性の高い情報が得られるのです。

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2010 年、ハイチ地震後のコレラ発生時には、スウェーデンの研究者らが、ハイチ最大の通信会社により提供された 200 万台もの携帯電話から移動データを分析。モバイルデータが移動パターンの追跡と予測に有効であることが判明しました。

sハイチの人々は例年、クリスマスと新年を同じ場所で過ごしますが、分析を始めてから 12 時間以内には、地震発生後 3 週間以内に 63 万人もの人々がポルト-プランス (ハイチの首都) から移動したことが分かったのです。これは、モバイルデータが基本的な感染経路の追跡に役立ったことを意味します。

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こうした手法によって、病気の感染ルートを変えることもできます。

バッキー氏は、デング熱が広まりつつあるパキスタンなどで、携帯電話のデータに基づく予測と実際の状況を比較しながら研究を進めています。

デング熱は、世界中の蚊媒介性伝染病の中でも最も感染スピードが早いのが特徴です。移動人口の増加だけでなく、気候の変化も虫による新たな地域への感染拡大を助長します。

「蚊は国内のあらゆる場所に存在します。これまでの常識は当てになりません」とバッキー氏。

携帯電話のデータによる予測の信頼性を評価するために、彼女は 2013 年のパキスタン全土の大規模感染の記録を、約 4,000 万台のモバイルデータの一部を利用したモデルと比較。モバイルデータは伝染病の拡大とタイミングを正確に予測しており、以前の見通しよりはるかに多くの人々が移動していることが分かりました。

研究の結果、240 万台から 480 万台の携帯電話加入者が、テシル (日本で言う郡のような区分) をまたいで毎日行き来していると試算されました。

「これほど多くの人が移動していることに驚きました。従来のアプローチでは全く分からなかった事実であり、その数は増え続けています」(バッキー氏)

赤血球から放出されるマラリア寄生虫。
赤血球から放出されるマラリア寄生虫。

移動に関する問題は、マラリア感染地域でも深刻です。

ケニアでは、蚊媒介より、むしろ移動者によってマラリアが広まる傾向が強いとバッキー氏は指摘します。

彼女のチームは 1,500 万台の携帯電話の記録を分析し、マラリアが蔓延している地域から、とりわけ多くの訪問者を受け入れている集落を特定。ビクトリア湖の端にあるマラリアのホットスポットから戻った人々が、寄生虫の主要な感染源になっていることが分かりました。

携帯電話のデータが役立つのは、感染発生国で得られたデータに限りません。例えば、2014 年に西アフリカで発生したエボラ出血熱では、バッキー氏をはじめとする研究者たちは、通信事業者から感染国におけるデータを得られませんでした。

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代わりに、ケニア、セネガル、コートジボアールといった地域のデータを使用して、ギニアやシエラレオネなどの感染状況を予測。その結果、抜け穴だらけの国境問題が浮上してきました。大都市間のフライトが禁止されても、辺境地域では容易に国境を越えることができるのです。

携帯電話のデータが伝染病の拡散研究に効果を発揮することは証明されたものの、依然として課題も残ります。最大の課題の 1 つは、データそのものの確保です。

モバイルデータは厳しく規制され、データを収集する通信会社によって厳格に保護されています。特に先進国では、プライバシーが大きな問題になります。

将来的には、現在地と医学的な症状を共有できるようなスマートフォン・アプリなどによって、プライバシー問題を技術的にクリアしたいとバッキー氏は考えています。また、こうしたシステムを行政当局や医療従事者に提供することで、リアルタイムの伝染病対策プランを作成できるようにもなります。例えば、感染ホットスポットの住人に対し、テキストメッセージを配信して警告することもできるでしょう。

さらにバッキー氏は、携帯電話のデータとゲノミクス (生命科学の分野の 1 つであるゲノムと遺伝子の研究) を連携させることで、病原体の時間と空間による変化を追跡し、より優れたワクチンの製造を支援するアイデアにも魅力を感じています。

「モバイルデータの活用は多方面に効果をもたらすでしょう。少なくとも私の分野では、データは多ければ多いほど助かります」とバッキー氏は語っています。

 

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