サイエンス

神経科学×テクノロジー: 心のマップをリアルタイムに作成

プリンストン大学の神経科学者はインテルのコンピューター科学者と協力して、次世代の脳画像分析システムを開発。人間の心のマップをリアルタイムに作成しています。

Princeton Neuroscience Institute の研究室で、被験者が画像を見たり、映画を見たり、「The Moth Radio Hour」を聴いたりしている間の脳の活動を、科学者は fMRI (functional Magnetic Resonance Imaging) により追跡しています。

研究者の目的は、被験者が考えたり、感じたり、刺激に反応したりする間、その心をリアルタイムで読み取ることです。

数年前なら、このような作業は不可能でした。1 回のスキャニングにも時間がかかるため、それが複数回となると、システムのストレージと処理能力がパンクしていたはずです。

しかし、新しいテクノロジーによって、状況は一変しています。

プリンストン大学とインテルラボの研究者は、認知神経科学者が心のマップをリアルタイムに作成できるソフトウェアを開発しました。このソフトウェアは、神経系のデータを解読し、脳の活動が学習、記憶、その他の認知機能にどのような影響を与えるかを明らかにするものです。

神経科学の教授で、Princeton Neuroscience Institute の共同ディレクターであるジョナサン・コーエン氏は、「現在行っている研究では、fMRI と呼ばれる人間の脳を画像化する手法を用いて、人が考えたり感じたりしている最中に、脳の内部で何が起きているかを表示します。このように脳をリアルタイムにモニターすれば、脳疾患の診断と治療を向上できるはずです」と説明します。

スキャンによって、血中酸素の濃度の変化に基づいて脳の画像を得られ、この画像には脳のさまざまな領域における精神活動が映し出されます。

神経科学者が人間の脳の活動の詳細について知的好奇心をかきたてられている一方で、インテルのコンピューター科学者は脳の研究成果を利用して、大量のデータを処理できる、さらに効率的なソフトウェア・アルゴリズムを設計したいと考えています。

「私たちは人間の認知に関する研究から学んだことを機械学習や人工知能 (AI) に応用したいと考えています。これにより、安全な自動運転、迅速な新薬開発、がんの早期発見の向上につながる可能性があります」と、インテルラボのシニア・プリンシパル・エンジニア、テッド・ウィルク氏は語ります。

脳に関する大量のデータを解読

このコラボレーションが始まる以前は、研究者は何日もかけて fMRI スキャンを分析していました。

感覚刺激に基づいて、脳の神経活動と血流をボクセル (ピクセルサイズの立方体) ごとに思考や感情に変換していたのです。

目標としていたのは、心のマップを作成し、さまざまな認知状態や認知プロセスを明らかにすることです。しかし、研究者は一度に 1 つの変数しか処理できないため、このプロセスは忍耐を必要とするほど時間がかかっていました。それもそのはず、通常のスキャンには最大 100 万のボクセルが含まれているからです。

「神経活動について話していると、誰かが映画を見たり、話を聞いたり、タスクを実行したりしているときに、素早くそれを把握できればいいと思うものです」とウィルク氏。「心」の画像でマップを作成する

研究者たちは、1 回の脳スキャンの分析プロセスをスピードアップするだけでなく、脳に関する大量のデータをリアルタイムに分析したいと考えていました。

「そのためには、あらゆる演算能力が必要です。素早く人の考えを解読してフィードバックを返せるようになるほど、ニューロフィードバック (脳が自律的に学習するトレーニング) が効果的に行えるからです」と、Princeton Neuroscience Institute の心理学教授のケン・ノーマン氏は語ります。

コンピューター・クラスターによる治療

ウィルク氏とインテルの Mind’s Eye チームは、現在これ以外にも、神経科学にテクノロジーを使用できる方法を検討しています。例えば、精神疾患に対する神経認知療法などがそれにあたります。

認知神経科学では、認知機能を担う脳の部位である前頭前皮質の研究に取り組んでいます。これは観念、創造性、論理的推論に関連する場所です。

「前頭前皮質に問題が生じると、鬱病、不安障害、PTSD、精神病質、双極性障害、統合失調症などにつながります」とウィルク氏は説明します。

ウィルク氏らは、前頭前皮質に生じている問題を詳細に把握することによって、より適切な治療法を開発できると信じています。

例えば、脳スキャンのデータベースが増大するにつれて、科学者は正常な機能と異常な機能に詳しくなります。また、認知機能に対するトレーニングの効果を観察し、何が効果的で、何が効果的でないのか理解するための、貴重なフィードバックも得られるといいます。

さらに、テクノロジーそのものの進化によって、新しい治療ソリューションが提供される可能性があります。

「最終的にこれが何に使用できるかというと、より適切な診断であり、究極的には精神疾患の治療です」とコーエン氏。

新しいソフトウェアをプログラミングすることで、被験者が刺激に反応するたびに脳の機能を分析したり、新しい治療用の刺激 (画像やその他のメディア) を提示して、脳の機能を不健康なパターンから健康なパターンへと移行させたりすることも可能になります。

ウィルク氏は、そのようなリアルタイムの診断と治療を可能にする処理能力に言及し、「もしかしたら、次の 100 億ドル規模の治療薬はコンピューター・クラスターになるかもしれません」と語っています。

すでに、こうした神経認知療法の成功を予測させる証拠があります。

プリンストン大学の研究者は、最初の実証実験で、ニュートラルな風景画像に悲しそうな顔の画像を重ね合わせた組み合わせ画像を被験者に提示しました。参加者は、その風景を注目するよう指示されます。

続いて、被験者が画像を見ている間、リアルタイムのフィードバックを提供します。プリンストン大学などによる過去の研究で、鬱状態の人は、悲鳴を上げている人や泣いている人の画像、石油流出のような災害の写真など、ネガティブな誘因に注目する傾向があることはすでに立証されています。被験者が悲しそうな表情をした顔の画像に気を取られていると、ソフトウェアは脳スキャンの結果からそれを解読して、悲しそうな表情の画像を見えにくくします。つまり、目に映るシーンを次第に暗くしていくことで、刺激を減少させていきます。被験者はこうしてフィードバックを受け続けると、次第にネガティブではない画像のほうに注目するようになりました。この変化は調査が終了した後も続きました。

実際、この実証実験では、最初の治療後、数週間もポジティブへの変化が続いたと言います。カラフルな脳のイメージ

「これは、鬱病、PTSD、その他の精神疾患に対する初のコンピューターによる神経認知療法だと思います」 (ウィルク氏)

新薬発見への「鍵」と、それ以上の可能性

プリンストン大学とインテルのコラボレーションでは、世界中の研究者の fMRI データの処理を支援するため、Brain Imaging Analysis Kit (BrainIAK) をオープンソース化しました。

「研究者たちは、これを活用して、独自の成果を得られるでしょう」と、プリンストン大学の心理学教授、ニコラス・トルクブラウン氏は語ります。

ウィルク氏によると、Mind’s Eye チームでは、この研究成果を他の業界の機械学習や AI に応用することを考えており、その中には医薬品の研究開発も含まれます。

研究者は、仮想スクリーニングと呼ばれるプロセスを使用して、特定の生物学的な「錠」に対して「鍵」の働きをする薬を探します。化学薬品データベースには、すでに数百万もの「鍵」が含まれていますが、スーパーコンピューティングによって、研究者はこの大量のデータベースをふるいにかけ、「錠」に最適と思われる薬の候補を見つけられるというわけです。

「このプロセスをスピードアップすれば、より品質の高い薬を実現し、大きいリスクを伴う新薬開発の失敗を低減できます」とウィルク氏。

また、この研究は自動運転車のさらなる進化につながる可能性もあります。

自動運転車では走行中の環境に関する問題解決と意思決定を AI で実現しますが、脳による問題解決の方法など、人間の認知に関する理解を深めることで、AI の機能をさらに一歩先へと進めることができるでしょう。

Mind’s Eye チームは、引き続き人間の心を詳しく調査し、マシンラーニングや AI をメンタルヘルス、自動運転などに応用する新たな方法を発見していく予定です。

 

 

 

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