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駅構内の混雑を「視覚化」して配信する ラスト 1 マイルサービス

Intel Japan Writer

とある冬の朝、前日から首都圏には大雪の天気予報が出ていたが、当日の雪はさほどではなかった。大雪でなかったことに胸を撫でおろしつつ、多少の電車遅延を見越していつもより少し早く家を後にした。そして最寄り駅につくと、全く予想外の景色がそこには広がっていた。駅構内は人であふれかえり、駅施設外まで列ができているほど。入場制限がかかり、ホームはおろか改札内にすら入れない人が列をなして入場を待っている。乗車は絶望的だ──。

首都圏ではときとしてこのような事態が発生し、乗車のために何時間も待つ人々の姿がニュースで取り上げられることも少なくありません。こうした事態を避けるために、東京急行電鉄株式会社では2016年10月7日から東急線内 60 の駅構内の混雑状況を視覚化して配信する新サービス「駅視-vision(エキシビジョン)」の提供を開始しました。この駅視-vision について、同社鉄道事業本部 電気部 計画課 課長 矢澤史郎氏、同課 原圭氏にお話を伺いました。

すべては利用者の安全を優先するため

「私達としても、お客さまに不便を強いることや混乱を与えることは本意ではありませんが…」と矢澤氏は話します。東急電鉄では、大雪警報が発せられたときや台風被害が予想される場合に、翌日以降のダイヤを調整して運行本数を減らす、つまり「間引く」ことがあります。運行本数が減るのですから、電車内はもちろん駅構内は非常に混雑します。

同社では近年、降雪をはじめとする荒天が予見される場合に、計画的な間引き運行を実施する方針を採っています。「すべてはお客さまの安全を優先するためです」と矢澤氏は続けました。

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混雑を「視覚化」する「駅視-vision (エキシビジョン)」

乗客の安全を確保するための対策は必要だが、そのために駅構内に混乱が生じかねない……そんなジレンマを解消すべく同社が考案したのが「駅視-vision (エキシビジョン)」です。

「駅構内の混雑状況をお客さまに視覚的、タイムリーに提供することで、運行に支障が発生したときの行動判断の一助としていただき、お客さまの負担を軽減したいと考えています」と矢澤氏はその提供意義を話します。

駅視-vision は、端的に言えば「画像認識技術を利用した、駅構内の混雑状況を把握できるサービス」です。東急電鉄が iOS/Android 端末向けに提供している「東急線アプリ」の一機能として利用できるほか、イッツ・コミュニケーションズとケーブルテレビ品川が提供する自動通知サービス「テレビ・プッシュ」で参照することができます。

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駅視-vision では、駅構内の画像上に人型のアイコンが配置された静止画が配信されます。画像内の青色の人型アイコンは動いている人、黄色の人型アイコンは静止している人を示しています。配信画像は静止画なのですが、黄色の人型アイコンが多いときは「駅構内で人が滞留している」ということが“視覚的”にわかります。駅視-vision で示された 1 枚の画像を見るだけで、その混雑度合いを把握できるというサービスなのです。

プライバシーに配慮されたシステム構築

駅視-vision で配信される画像は、駅構内カメラで取得した画像を解析して処理したもの。画像処理システムには日立製作所が開発した画像加工技術が採用されています。このシステムでは、5fps のフレームレートで取得した数枚の連続画像を解析し、静止している人と動いている人を判別します。ここから画像内の「混雑度」を計測するとともに人型アイコンを生成し、事前に無人状態で撮影された背景画像の適正な位置に配置して最終的な画像が生成されます。画像の撮影から配信までの処理時間はほぼリアルタイム。ユーザーは約 1 分ごとに更新される駅構内の最新状況を確認できます。

原氏は「お客さまのプライバシーを保護するため、取得した画像の人物像はアイコンに置換されるうえ、画像処理システムはクローズドな専用サーバーで運用され、外部からのアクセスは不可能です。配信画像が生成されるたびに古い画像は上書きされるので、サーバー内には 1 カメラにつき 1 枚の画像のみが保存されている状態です」と、利用客のプライバシーが確保されていることを強調しました。

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さらに同社は、駅視-vision の導入にあたって各駅構内のどの位置にカメラが配置されるかを告知しています。受け止め方によっては「一方的に撮影されている」と思われかねない駅視-vision ですが、乗客のプライバシーにしっかりと配慮されているサービスであることがよくわかります。

必要だったのは「ラスト 1 マイル」の情報提供

矢澤氏は「Web ページやアプリで、運行状況に関する情報はすでにお客さまに提供しています。また電車内、駅構内の混雑自体は乗務員なり駅員なりが対応できます。ところがわれわれは、鉄道を利用するために駅へ向かって『ラスト 1 マイル』のところにいる、お客さまに対してサービスを提供できていないことがわかりました」と話します。

そこで矢澤氏、原氏の所属する電気部計画課で企画が持ち上がったのが、駅で起こっていることをリアルタイムで知ることができる「ラスト 1 マイルで判断できるサービス」、つまり駅視-vision だったのです。

サービスのために新たなカメラを設置するのではなく、すでにインフラとして設置されていて同部が管理している駅構内カメラを利用することで、迅速かつ最小限のコストでサービスを展開することが推し進められました。そして前述したような、利用客のプライバシー確保をシステム側のプログラムで堅固なものとすることで、配信に関わる問題をクリアし、特定駅での実証実験開始にこぎつけたのでした。

実証実験中には数回のアンケートが実施され、プライバシーに関する意見や、アイコンの表示方式についても多数の意見が寄せられたそうです。そして実証実験からわずか半年で、駅視-vision は正式サービスとして開始されることとなりました。

「駅視-vision (エキシビジョン)」のデータ活用とアプリでの展開

東急電鉄は鉄道各社の中でも早期から公式アプリを提供しており、ダウンロード数は 37万(2017年1月末現在)を超えています。東急線全線の利用者数が 1 日あたり約 150 万人とされていますから、およそ 4 人に 1 人がアプリを利用している目算になります。すでにそれだけ普及したアプリ内でサービスを提供することで、駅視-vision の存在を瞬間的に認知・拡散させることが可能となったのです。

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そんな駅視-vision のサービス展開の迅速さに合わせるように「今後もスピード感のある機能追加ができればと考えています」と矢澤氏は話しました。現在、東急線の主要 60 駅で提供されている駅視-vision ですが、2018 年度初頭までには東急線全駅(子どもの国線、世田谷線を除く)で提供するそうです。また「ホームの混雑状況を配信したり、あるいはトイレの混雑状況を伝えたりするようなサービス展開も想定しています。駅視-vision システムで収集した混雑データをビックデータとして活用することも検討しています」とのこと。今後はトラブルが発生したときのみならず、日常的なツールとして駅視-vision が活用される可能性もありそうです。

鉄道事業者ならではのテクノロジー活用とは

矢澤氏は「鉄道の次世代テクノロジーというと、すでに自動運行運転は実現されていますし、当社においても将来導入することが可能かもしれません。ただ、そこにお客さまの安全を確保できるのかという問題がわずかでも残るのなら、リスクを一つひとつつぶさなければなりません。またロボットや A.I. が駅員にとって代わる時もそう遠くないことかもしれません。ただ、そういった新しいテクノロジーを活用して当社の業務を効率化することと、お客さまが望まれるバリューをお届けできるかどうかはまた別の話。お客さま目線でテクノロジーへ取り組んでいくことが必要ではないでしょうか」と、鉄道事業者ならではのテクノロジー観を話してくれました。

また「鉄道事業では、古くから技術者によって培われてきた『職人技』が存在します。従来、『背中で語る』、『見て覚える』という風に継承されてきたそのノウハウを後々まで伝えるために、テクノロジーを活用して見える化し、マニュアルとして残していくことも必要だと考えています」とも話してくれました。

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何よりも「安全第一」が優先される鉄道事業において、ときに生じる混乱とそれに伴う乗客のストレス。それを解消する「駅視-vision」というサービスは、それ自体に大きな利便性があるのはもちろんですが、鉄道事業者としてのテクノロジーへの取り組みを象徴したサービスとして捉えることもできるのではないでしょうか。またほかの鉄道事業者にとっても、自社の持つ資産をもとに、テクノロジーを活用した新サービス開発を促進する契機となるやもしれません。

 

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