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リアルタイム・データでテニスファンを魅了する

Shawn Krest Writer, Movable Media

今、数々のテクノロジーが連携することでテニス・トーナメントのデジタル化が進み、現地や自宅で観戦を楽しむファンたちを魅了しています。こうしたテクノロジーの代表格として挙げられるのが、IBM 社の Watson (ワトソン) や Hawk-Eye Innovations 社の審判補助システム「ホークアイ」など、ビッグデータを取得、分析する技術です。

8 月の終わりから 2 週間、ニューヨークのクイーンズにあるアーサー・アッシュ・スタジアムで開催される全米オープン・テニス・トーナメントには、毎年 25 万人近くのファンが詰めかけます。現地に足を運ぶファンに加えて、数百万人もの視聴者がテレビやインターネット、さらにはモバイルアプリを使って好きな試合を観戦します。今年の全米オープンでは、複数のデジタル・テクノロジーの恩恵を受けて、ファンはこれまでよりもスマートに、ゲーム観戦に熱中することができるようになりました。

アンディ・マリー氏、ノバク・ジョコビッチ氏、セリーナ・ウィリアムズ氏、モニカ・プイグ氏のようなトップ選手の登場でプロテニスの試合はレベルが上がり続けています。一方で、ファンの心を一層強く惹きつける要素となっているのが、機械学習や人工知能、360 度動画など、最先端テクノロジーを駆使して提供される映像や画像です。

スポーツ報道関係の業界団体である Sports Video Group News によると、アーサー・アッシュ・スタジアムには、コートの周りに設置された 36 台のカメラを使うインテルの Voya Axis 360 度リプレイ・テクノロジー (インテルに買収される前の名称は「FreeD」) が導入されており、一瞬一瞬の画像を捉え、仮想的に 360 度回転させることができます。

スポーツ専門チャンネルの ESPN によると、メジャーなテニス・トーナメントでこのテクノロジーを使っている放送局は ESPN だけです。選手の動きをあらゆる角度から捉えるテクノロジーは、ファンにトーナメント観戦の新たな楽しみ方を提供するための主要なデジタル化手法の 1 つであり、どんどん進化を続けています。

全米オープンでは、最大 19 面のコートで試合が同時進行するため、実際の試合内容は 2 週間分以上になります。試合は世界に向けて放送されるだけでなく、デジタルカメラを使って記録され、ほぼリアルタイムでコンピューターによる分析が行われます。これにより、誤審があったときに選手が抗議したり、ファン向けに試合やセットスコアなどの見どころやサーブのスピード情報を表示したりすることができるのです。

全米テニス協会 (USTA) の前デジタル戦略マネージング・ディレクター、ニコール・ジーター・ウェスト氏は、こう説明します。

「全米オープンは、毎年世界中で開催されるスポーツイベントの中でも最も多くの来場者を誇るイベントですが、このトーナメントがテニスファンの目の前で繰り広げられるのはたった 2 週間です。だからこそ、ファンの方々に意味のある確かな情報を提供し、試合を満喫していただくことは、非常に重要なことなのです」

また、IBM 社のノア・サイケン氏は、データこそ全米オープンにおけるデジタル体験の中心的な存在であると語っています。全米テニス協会ではすでに数十年もの間、テニスファンをウィンブルドンや全米オープンのような主要なトーナメントに惹きつけるために最先端デジタル・テクノロジーを活用してきました。これを支援してきたのが IBM 社です。

IBM 社の IT サポートやデータ分析ツール「SlamTracker」の活用に始まり、今では IBM Watson でトーナメントの予測分析を行い、適切なソーシャルメディア、適切なタイミングでファンに通知できるようになるほどテクノロジーは進化しています。

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Watson は米国の人気クイズ番組「Jeopardy! (ジェパディ!)」の常連のチャンピオンたちを打ち負かしたことで知られるように、長文の込み入った内容が含まれる大量のデータを分析する能力を持っています。

スポーツ・テクノロジーを紹介する SportsTechie のインタビュー記事の中で、「IBM Watson には優れた認識能力が備わっており、選手の記者会見から選手の考え方を解釈し、年月を重ねるにつれてそれがどのように変化しているかを把握することができます」とサイケン氏。

また、「記者会見で自分の試合について語るときの話し方が以前よりもポジティブになったか?」、「自身の試合内容や次の試合に対して以前よりも楽観的になっているか?」といった分析は、選手自身にとってもファンにとっても価値ある情報だと説明しています。

2 ショット先を読む

優れたテニス選手は数ショット先を予測する能力を持っています。長めのボレーを打ちながら、頭の中ではウィニングショットを放つ場面までイメージしているのです。IBM Watson のおかげで、全米オープンの運営者もこれと同じようなことがソーシャルメディア上でできるようになりました。

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Twitter を見て、今話題になっていることを把握することは誰にでもできますが、認識能力を備える Watson は、近い将来話題になることを予測できます。全米オープンのソーシャルメディア担当チームは、ファンの興味を惹きそうな話題をちょうど良いタイミングで提供したり通知することができるのです。

Watson が初めてこのような目的に使われたのは、6 月のウィンブルドン選手権のときでした。選手権開催前に行われた経済誌 Forbes とのインタビューで、ウィンブルドンのコミュニケーション責任者を務めたアレクサンドラ・ウィリス氏はこう語っています。

「Watson を使うことで、コミュニケーション担当チームはただソーシャル上で話題になっていることを追いかけてそれに対応するのではなく、先回りしてネタを準備しておくことができるようになりました。ここぞという重要な局面では、できる限り他者よりも先んじてその話題に触れることができるようにしたいと考えています。そういう意味で、Watson が役立ってくれると嬉しいですね」

そもそも Watson を使い始めたきっかけは、プログラマティック広告 (データに基づいてリアルタイムに広告枠の自動買い付けを行うこと) だったとのこと。「広告に活用したのと同じように、ファンを熟知している認識システムを使えば、全米オープンのようなスポーツイベントも、ファンにより関連性の高いメッセージを送るとともに、より関連性の高いやり取りが可能になるはずです」とサイケン氏は説明します。

ビッグデータがスポーツ番組を面白くする

Watson のような認識コンピューティングでは、試合中の選手やボールの動きからデジタルデータを収集します。全米オープンにここ数年間使用されている IBM 社のデータ分析ツール「SlamTracker」は、19 面のコートで行われているすべての試合内容を見やすくリアルタイムで一覧表示する機能を持っています。選手に関する興味深い情報をメディア担当チームに伝える機能もあります。例えば、今年の最速サーブはいつどの試合で記録されたか、ある選手がその選手生活において重要な節目となる記録を達成したのはいつだったか、といった情報です。

Watson の場合は、テニスの試合データを処理し、それを大局的な視点から捉えることができます。例えば、過去の全米オープンのプレーから収集された 4,100 万個以上のデータポイントから、次の試合で最も効果的なのはどの戦略かを予測します。

その情報がデータ分析ツールの SlamTracker に搭載された人気の機能「Three Keys to the Match (試合のカギを握る 3 つの要素)」に使われています。Watson と SlamTracker が連携し、過去データを基に、それぞれの選手が勝利を獲得するための方程式とも言える 3 つの戦略を導き出すのです。

「放送局の人は SlamTracker を見るだけで、視聴者に『なるほど!』と思わせるコメントができるわけです」とウェスト氏。

そのうち、選手とコーチが試合中に Watson にアドバイスをもらう日が来るかもしれません。セリーナ・ウィリアムズ氏も Watson と会話をしたときにそんなことを考えたと言います。

ボールから目を離さないテクノロジー

テクノロジーのおかげで、テニスの試合運営のあり方はがらりと変わりました。例えば全米オープンでは、「ホークアイ」という線審の役割を自動化するカメラシステムが過去 10 年間にわたって使われています。それ以前は、ボールがインなのかアウトなのかを人間の審判がリアルタイムで判定しなければならず、選手を激怒させることもありました。

ホークアイは、ボールを追跡し、人間の手を借りずに客観的な判定を下すことができます。

そもそもこのシステムは、勝敗が微妙な試合で審判がどれだけ的確に判定しているかをモニターするために、テレビ局が開発したものです。

「センターコートで審判が座っている場所は、実は試合会場の中でも最も判定に不利な場所だということがすぐに判明しました。むしろ自宅でテレビ観戦している人のほうが、はるかに多くの情報を得られるのです」と、Hawk-Eye Innovations 社を創業したポール・ホーキンス氏は語ります。

ホークアイは、「注目度の高い試合で誤審騒動が起きたときに、その精度を実証できたら導入を検討する」という条件付きで、実際の試合で判定を行うチャンスが与えられました。設定されたベンチマークは誤差 5mm 以内。しかし、ホークアイは誤差 3.6mm という素晴らしい結果を収めたため、結果的にほとんどのメジャーなテニスイベントに採用されることになりました。

過去 10 年で、ホークアイはその活躍の範囲を広げていきました。今では、フットフォールトの判定をはじめとして、ボールのイン / アウト以外の判定にもリプレイカメラが使用されています。

次のステップでは、全米オープンの試合中に選手とボールを追跡し、そこにリアルタイムに情報を表示させる試みが行われます。IBM 社のテクノロジーとホークアイが連携し、選手とボールの位置情報を試合の最初から最後までモニタリング。ホークアイはその位置情報を基にしてスマートカメラ (画像の入力だけでなく、その処理も内部で行えるインテリジェントなカメラのこと) が狙う場所を決定します。一方、IBM 社のテクノロジーはデータを収集し、それを分析に使います。

「選手とボールのトラッキング・データを取得することで、その時点での統計データを分析するだけでなく、ボールの現在位置を見て着地後に何が起きるか、選手はどこに移動するかということも予測できるのです」と、IBM 社のエリザベス・オブライアン氏は語ります。

すべての要素を連携させる

まるで熟練のダブルスチームでチームメイトがそれぞれの責務をきっちりこなすように、今年の全米オープンを支える各テクノロジーは、それぞれの持ち味を存分に発揮してきました。SlamTracker、ホークアイ、データ分析は、いずれも長年にわたりテニスファンの観戦体験の向上に貢献してきましたが、 これまでと違うのは、テクノロジーの進化によってこれらすべてが連携し、互いにサポートし合えるようになったことです。

例えば、ホークアイの自動リプレイを見たファンの反応を Watson が分析。現在放送されている内容に対して視聴者がどう思っているかを判断して放送内容を変更できるようになったのです。

会場に足を運ぶファンにも世界中のファンにも、素晴らしい観戦体験をしてもらいたいと考える全米オープン運営者は、このようなテクノロジーを駆使することで、見事なサービスエースを決めることができるはずです。

 

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