サイエンス

医療機器の民主化で主治医は自分自身に

Julian Smith Writer

先進的なハンドヘルド医療機器は、一般の人々、特に発展途上国の人々にかつてないほど豊富な医療情報を提供し、健康に関する適切な判断を支援します。

1966 年、米国のテレビドラマ「スタートレック」の中で、ボーンズの愛称で親しまれたマッコイ博士が医療用トリコーダー (携帯用分析装置) を初めて使用した当時、その場で患者をスキャンしてすぐに診断できるハンドヘルド医療機器は、SF 界の空想の産物に過ぎませんでした。

しかし、昨今のテクノロジーの進歩により、この空想が現実のものになろうとしています。

例えば、現在利用できる機能、あるいは実用化されている機能の 1 つに、スマートフォンで心電図を記録し、皮膚の状態の診断に役立てるというものがあります。また、遠隔地で高度な医療ケアを容易に実施できるスタンドアロン型の医療機器もあります。

「携帯電話は健康管理のための完璧なプラットフォームです。常に携帯でき、いつでも簡単に接続して治療できます」と、医療機器会社 CellScope 社の創設者、エリック・ダグラス氏は語ります。

sick person

こうしたスマートフォン型のヘルスケア・プラットフォームが実用化に漕ぎつけたのも、コンピューター技術の進化のおかげです。

「モバイルデバイスが   ギガヘルツ・コンピューティングのパフォーマンスを獲得した 2000 年代後半は、モバイルヘルス (モバイル技術を活用した医療 / ヘルスケアサービス) の大きな転換点だったと言えます」と語るのは、ポータブル超音波装置メーカー、MobiSante 社のサイレッシュ・ショウタニ氏です。 いまや、携帯電話は強力なポータブル・コンピューターへと進化しています。無線センシング、人工知能、分子生物学など、さまざまな分野の発展により、ツールはより小さく使いやすくなり、大量生産で低価格化も進みました。

こうしたテクノロジーの発展がデジタルヘルス業界の新興企業の新たな可能性を広げています。ヘルスおよびウェルネス分野のイノベーションに対して多額の賞金を設定している世界規模のコンペには、多くの企業が参加しています。

wrist blood pressure machine

例えば、2012 年以来、Nokia Sensing X Challenge は、パーソナル・デジタル・ヘルス分野で画期的な貢献をした団体を対象に数百万ドル (数億円規模) の賞金を設定しています。 最近の受賞者は、ポータブル汎用血液センサーの研究が評価されたマサチューセッツ州ケンブリッジの DNA 医学研究所です。

また、クアルコムが主催する家庭用医療機器のコンテスト Qualcomm Tricorder X Prize は、A 型肝炎から脳卒中まで、12 種類を超える診断が正確に行える医療機器を最初に開発した団体に、1,000 万ドル (約 11 億円) の賞金を授与するとしています。 2017 年のコンペには、おそらく数百ものチームが参加することになるでしょう。

「これは医療界を揺るがす大きな変化です」と、心臓医であり、『The Creative Destruction of Medicine』および 『The Patient Will See You Now』の著者エリック・トポール氏は指摘します。 治療の第一歩として病院に行くという行動は、徐々にとはいえ確実に、必ずしも必要なものではなくなるだろうと彼は考えています。

また、「医師から患者に主導権が移ることで、医療コミュニティーに“大きな不安”が生まれるだろう」とも指摘。患者が新しい情報を得ても、それを正しく解釈する知識や経験がないため、患者にとっては逆に負担になりかねないと懸念する医師もいるのです。

「古代ギリシャの医師ヒポクラテス以前から、医師はすべてのデータを抱えてきました。医学は医師の聖域なのです」とトポール氏。

新しいツールによって来院者が減少する可能性もあります。それによって患者はお金を節約できるかもしれませんが、基準以下の治療しか受けられなくなることも考えられます。

doctors with medical devices

それでも、高齢化が進む国や米国のように医療費が高騰する国では、診断という行為が一般の人々の手に移ることによるメリットは確実に存在します。

発展途上国では、さらに大きな効果が期待できるでしょう。人口に対して医師や医療機関の数が不足している貧困国で、迅速で効果的な早期治療を受けることができれば、より多くの人々の命を救うことにつながります。 こうした状況から、インドでは LifePhonePlus などの安価なイノベーションが生まれています。2013 年にインテル・ラボの研究者によって開発されたこのデバイスは、心電図の記録や血糖値レベルのモニタリングを可能にし、その場で専門家の意見を求めることができます。 インテル・ラボの研究者たちは、安価なモバイル・テクノロジーによってインドの農村地域に住む 12 億人のうちの 70% を支援できるだろうと試算。こうした遠隔地では、診療所に行くだけでも数日かかり、費用も 1 週間分の世帯収入を超える場合がほとんどです。

インテルで GM Health IT & Medical Devices 市場を担当するカイ・エロンはこう説明します。
「スマートなインターネット接続テクノロジーが医療機器の民主化を推し進めます。コンパクトな携帯型の無線デバイスがあれば、治療を必要としている患者を確実に治療できるようになるでしょう。特に、郊外の新興市場では、質の高い医療デバイスを現場の労働者に支給することで、豊富なデータに基づく最適な治療を施すことができます」

Amazon で医療トリコーダーをオーダーできる日はまだ先のようですが、テクノロジーはデータの使用方法を確実に変えているのです。トポール氏が、「いまは医学の歴史の中でもユニークな時期です」と語るように、

High-tech medical devices

スタートレックで目にした医療機器の一部はすでに実用化されています。いくつかご紹介しましょう。

センサー上部にある送信機が、データをBluetooth 経由でモバイル受信機や Dexcom アプリを実行しているスマートフォンに送信。血糖値レベルが基準値を外れている場合はアラートを発します。これにより糖尿病患者自身がインシュリンの投与量を調整できるため、高血糖状態や低血糖状態を防げます。また、家族も患者の血糖値を監視できるように、クラウドベースのレポートでデータを確認できます。

  • AliveCor Mobile ECG
    AliveCor 社のモバイル心電計 (99 ドル (約 11,000 円)) は、スマートフォンやタブレットを心臓ヘルスモニターに変えます。 この FDA (アメリカ食品医薬品局) 承認済みデバイスは、アプリと専用ケースを使用。ケースに付いている切手サイズの 2 つの電極が心臓の電気活動を記録し、不整脈の有無を判断します。初回の記録時には心臓医による診察が付いています。データは無料で記録、保存され、その数はすでに 500 万件に達しています。
  • CellScope Oto
    診察室に実際に行かなくても、患者はカリフォルニア大学バークレー校が開発したオトスコープ(耳鏡)、CellScopeOto (79 ドル (約 9,000 円)) を使って、皮膚や耳の画像を小児科医に送信できます。 デバイスをスマートフォンのカメラに接続し、Seymour という無料アプリを使用。

患者は 10 ドル (約 1,130 円) 支払うだけで、2 時間以内に医師の判断と推奨プランを取得できます。初期バージョンでは、血液サンプルから結核やマラリアなどの病原体を検出。ウガンダ、ベトナム、インドで試験が実施されています。

このほかにも、FDA の認可待ちのデバイスがたくさんあります。

  • Scanadu Urine、Scanadu Scout
    モバイル医療機器会社の Scanadu 社は、スマートフォン・ベースの装置を 2 種類開発しており、いずれも FDA の認可待ちです。

その 1 つが Scanadu Urine で、アプリとスマートフォンのカメラを使用し、尿検体に浸した使い捨てのパドルを分析します。 システムがパドルの色の変化に基づいてさまざまな健康状態をチェック。妊婦や女性の健康状態の診断にも対応します。

もう 1つの Scanadu Scout は、目標額 10,000 ドル (約 113 万円) の Indiegogo キャンペーンで 166 万ドル (約 2 億円) を調達している有望なプロジェクトです。これは、小型のセンターユニットを患者の左手とこめかみに同時に接触させるだけで、血圧、体温、心拍数、血中酸素量を測定できるというすぐれモノで、現在、70 カ国以上で試験が進められています。

  • Omron Project Zero Wrist Blood Pressure Monitor
    CES 2016 で発表されたウェアラブル血圧 / 心拍 / 活動量計 Omron Project Zero Wrist Blood Pressure Monitor は、血圧計としては初の手首装着型で、コンパクトながら上腕で測定する一般的な血圧計と同等の精度が得られます。 サイズは、少し大きめの腕時計といった感じで、運動量と睡眠の質も記録できます。また、アプリと同期することで、医師による高血圧患者のリモート・モニタリングも可能です。
  • Portable Eye Examination Kit (PEEK)
    発展途上国では、眼科医と複雑で高価な診断ツールが不足しているため、目の治療が深刻な問題になっています。 Portable Eye Examination Kit (PEEK) では、カメラ・レンズ・アダプターとモバイルアプリを使って、どこにいても目の症状を診断できます。

患者が視覚テストを行っている間に、スマートフォンのカメラが網膜の高解像度画像を撮影。医師はそのデータを使用して緑内障や白内障、その他の目の症状をチェック。すべての患者の連絡先情報と GPS データを使用して、その後の治療を容易に進めることができます。

テクノロジーが発展し、限られた人しか利用できなかったデバイスを多くの人々が利用できる時代が到来しています。SF 界の空想だったヘルスケア・テクノロジーがいよいよ現実となり、徐々にその効果を発揮しつつあるのです。

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